レッスン2
罪の始まり


聖霊が導いてくれるよう」などと祈ってから創世記3章〜6章、エゼキエル28章、とヨハネの黙示録12章を読んで下さい(新改訳1〜9ページ、1291〜1293ページ、新約〔後ろの方〕449ページ)。

前のレッスンで神様が自分の創ったものをみな「よし」とし、そして最後の日にその地球と天体を見て、「非常によかった」と満足した事を学んだ。 そこには死、悲しみ、失敗、怒り、辛い事、恥などはなかった。 でも今この世、いや、自分の人生にはこういった事がありあふれてるのはなぜ? すべてが「非常によい」状態からだいぶかけ離れている。 こんな悪い事はこの世だけを煩わせてるわけじゃない。 なぜなら、罪は天国で始まったからです!

エゼキエル28章12節、「人の子よ。 ツロの王について哀歌を唱えて、彼に言え」と書いてある。 このツロの王とは悪魔を意味している。 28章を読み続けると、「あなたは全きものの典型であった。 知恵に満ち、美の極みであった」のところに考えさせられる。 「全きものの典型、知恵に満ち、美の極み」うんんん、「釈迦様?」「叶姉妹?」 もう少し読んでいこう。 「あなたは神の園、エデンにいて、あらゆる宝石があなたをおおっていた」。 エデンの園といえば、男(アダム)がいて、女(エバ)がいて、神がいて・・・えっ?!他に誰か居たっけ??? 「私はあなたを油そそがれた守護者ケルブとともに神の聖なる山に置いた。 あなたは火の石の間を歩いていた」。 (聖書の注記には言語のヘブル語に「あなたは油そそがれた守護者ケルブ」と断言している)。 ケルブ(特別の位の天使)は神様と共に天国に居て、この世の歴史以前に存在していた。 だからアダムが創られる前に天使たちは存在していた。 このケルブは火の石の間を歩けるほど特別な地位をもっていたと推測できる。

でもこの全きものの典型が・・・「あなたの行いは、あなたが造られた日からあなたに不正が見いだされるまでは、完全だった。 あなたの商いが繁盛すると、あなたのうちに暴虐が満ち、あなたは罪を犯した」。 とうとう出ました。 このケルブが罪を犯した。 最初の罪は何だったのかはっきり書いてないけど、人間が初めて罪を犯した時、外から別のものの誘惑があった。 人間と違って、このケルブに不正が見いだされた。 「そこで私はあなたを汚れたものとして神の山から追い出し、・・・」。 神は悪いものを創らない。 本当の愛を持って、すべてのものに自由、責任、選択を与える。 どこが悪かった? 神が誘惑を設けたか。 いや、「あなたの心は自分の美しさに高ぶり、その輝きのために自分の知恵を腐らせた」。 この優れもの、高い位のケルブの内から、自分が偉いという思いが生じ、罪となった。 「そこで私はあなたを地に投げ出し・・・」の句は重要。 このケルブは最初からこの世のものじゃなかった。 でもいつかこの地球に住まわせられた。 先の引用から20節までのところは「まだやってない、預言だ」と解釈してもいい? @高級編の質問:このケルブが罪を犯す前の名前と犯した後の名前が違う。 何という名前? (ヒント:犯す前の頭文字は【ル】で、犯した後の頭文字は【サ】です。)

さて、人間が罪を犯した経緯は信じ難いけど、神の霊の下で、素直に受け入れましょう。 創世記3章の頭から、「神である主が造られたあらゆる野の獣のうちで、蛇が一番狡猾(悪賢い)であった。 蛇は女に言った。 『あなたがたは、園のどの木からも食べてはならない、と神は、ほんとうに言われたのですか』」。 この蛇は怪しい! もう少し読むともっと怪しくなる。 女は蛇に言った。 「私たちは、園にある木の実を食べてよいのです。 しかし、園の中央にある木の実について、神は『あなたがたは、それを食べてはならない。 それに触れてもいけない。 あなたがたが死ぬといけないからだ』」。 女は神様の戒め(ルール)をよく知っていた。 神様が言った事は真実か、自分の五感に頼って、目の前にあるものは真実か、との判断に迫られていた。 「だって、蛇は実を触っても全然平気じゃない?」と女の心に不信が芽生えてしまった。

「あなたがたは決して死にません。 あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです」と蛇が厚かましくもウソをついた。 嘘は毒と同様、良い物と交えないなら誰も飲め込みはしない。 いくら良いものと混ざっても、ちょっとの毒、ちょっとのうそ、が重大な結果をもたらす。 神様が「必ず死ぬ」に対して、蛇が「決して死にません」と。 その上、「善悪を知るようになる」と真実をも交えた。 人間は創られたもので、与えられた役目、幸せ、のために悪を知る必要はなかった。

さて、いざ善悪の木の実を食べるととたんに死んだか。 肉体的に言えば完全に死んだわけじゃないよね。 呼吸もしていたし、会話もしていた。 でも、細胞レベルで破壊、死、がもう始まったし、 神様に与えられた魂が死んでしまった。 その時、人間の魂は神様から離れ、悪魔の獲物となった。 だからイエス・キリストの救いがない限り、私達は皆、息をしてる死人(ゾンビー?!)です。 次のレッスンにこの事をもっと詳しく勉強していきましょう。

3章6節に人間が初めて神様に逆らって、悪の道を歩む、という非常に悲しいことが書かれている。 蛇の言ったとおり、その木から食べた途端に目が開かれた。 果たして素晴らしい世界が開かれたのでしょうか。 「彼らは自分たちが裸であることを知った」→つまり、恥を知った。 神様が面と向かって、人と話そうとしたら、「私は園で、あなたの声を聞きました。 それで私は裸なので、恐れて、隠れました」という返事が出た。 恐怖を知った。 12節に神様の質問に対して、「あなたが私のそばに置かれたこの女が、あの木から取って私にくれたので、私は食べたのです」と男は答えた。 あらら、人のせいにする事を知った。 それらは全部「神様が悪い」と言わんばかりの答えだった。 女の答えはもう少し素直で、「蛇が私を惑わしたのです。 それで私は食べたのです」。 惑わしを知った。 その後、汗、苦しみ、殺人、素晴らしい事(?!)の連発を知るようになる。

神様が質問した時と逆順で、皆にそれぞれの行動の結果と結末を預言して告げた。 蛇に向かって「あらゆる野の獣よりものろわれる。 おまえは、一生、腹ばいで歩き・・・」。 蛇が好きな人が増えてきてるけど、世界的に見たら、やっぱり蛇は一番嫌われている獣。 この事件の前、蛇は別の方法で、足か、翼なんかで動いていたらしい。 創世記の3章15節に神から最初の預言と約束がある。 また蛇に向かって「私は、おまえと女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。 彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく」。 神様はアホじゃないから目の前の生き物にではなく、蛇に入り、取り付いた悪魔に対してこう言った。 黙示録のところでこの話に戻る。

エバに「あなたは、苦しんで子を産まなければならない。 しかも、あなたは夫を恋い慕うが、彼は、あなたを支配することになる」と告げた。 子供がまだ生まれなかった時、神様が女の体形を変えたみたい。 そして、男のあばら骨で造られ、男と同等だった女は彼の下に置かれてしまった。 ウーマンリブが盛んな現在、こういった事は受け入れにくい。 男は、女が自分の体の一部である事を忘れ、その支配権をちゃかり乱用するから、よく女と対立する。 そして神様は最後にアダムに告げた、「土地は、あなたのゆえにのろわれてしまった。 あなたは、一生、苦しんで食を得なければならない。 土地は、あなたのために、いばらとあざみを生えさせ、あなたは、野の草を食べなければならない・・・あなたはちりだから、ちりに帰らなければならない」。 アダムに三つの「何々しなければならない」事が課せられた。 この時まで食物は簡単に手に入った。 でもこれからは違う。 そして、創った時に全部「よし」と喜んで言った神様が、初めて、ものをのろった。 前のレッスンで、人間の食は種を持つ草と種を持つ木の実であるのを習ったよね。 これからは、他の息のある物と同じく、野の草(野菜、葉っぱ)が加えられていた。 三番目の「なければならない」事は、→ちりに帰る事。

ある木の実を食べてははらない。 ささいな事。 ここに神様がどれほど人間を愛してるかよく示されている。 「私を愛するなら遠い聖なるところを訪れ」とか、「自分の身体を叩け」等々、厳しい修行を求める偽神様とは違う。 本当の神様は心のベスト、そのすべてを求めている。 神を疑ったり、不信になったり、聞き従わないと、自分の行動で命の道から逸れる。 人間が善悪を知る必要はなかった。 不自由なところとか何か足りなかったら、まだ弁解の余地があったけど、全部が「よし」とされ、命の木の実さえ食べてもよ8かったから、責任は全部人間と蛇(悪魔)にある。 神様のルールはきつくない。 私達の自由を縛りたいからルールを作ったわけじゃないし、ゲーム感覚で作った訳でもない。 我々の幸せのために作ってくれた。 親が自分の子の幸せ、ためになる事を心に留めるから、「ストーブをさわったらあかん!」とか「危ないから門限を10時にする」とかいろんなルールを作る。 神様のルール、戒め、を守る事によって初めて愛の深さ、広さ、自由さが理解でき、自分のものとなる。 第4レッスンにこの題を大きく取り上げる。 Aルールに従うのは喜ばしい事ですか。 

「人は、その妻エバを知った」。 そして、初めて人から人が出た→カイン。 弟はアベル。 二人ともささげものを神の前に持って来たけど、カインは、神が定めた羊をささげなかった。 「どうでもいい」と思って、「神様は気にしない」などとわざと逆らった。 ここに神に対する反抗、不信が心の思いを示している。 4章7節、「あなたが正しく行ったのであれば、受け入れられる。 ただし、あなたが正しく行なっていないのなら、罪は戸口で待ち伏せして、あなたを恋い慕っている。 だが、あなたは、それを治めるべきである」。 神様の言葉遣いは面白い。 「罪」はまるで生き物のよう。 この「生き物」の食物は魂です。 神様もこの魂を求めているから対立が起こる。 元々、全部は神様が創ったものだから自分のものを求めるのは当然じゃない? 罪の創始者、悪魔は、ペテン師で、あいつの誘惑を治めるべき。 Bどうやって罪を治める? 自分の力でできる?

初めてのサスペンスドラマ。 神は刑事としてカインを尋問する。 「あなたの弟アベルは、どこにいるのか」。 これはアダムとエバが罪を犯した時に似ている。 もちろん、神はすべて知ってるけど、わざわざ質問で迎える。 弁明を聞かないで罪を負わせる事はしない。 それは答える側が反省して悔い改めるため。 そこでカインは、「私は、自分の弟の番人なのでしょうか」と開き直って答えた。 愛するはずの兄弟の事をまるでよそ者扱いをする。 血を流したのでまた土地がのろわれた。 そして、アダムとエバが罪を犯した時と同様、カインは神様の顔から隠れた。 罪を犯すと善と悪の間に隔たりは生み出してしまう。 完璧の善から逃げたくなる。 両親はどんなに気をとがめたことか! あの木の実を食べなかったら・・・

4章の中頃から5章いっぱいまで家系の話が続く。 普通の物語と違って、主人公が偉いなどとは書いていないし、詳しいところまで書いてある。 信仰が立派な人の話が載っているし、失敗談もちゃんと載っている。 とうとうアダムの身の上に報いが降りかかってきた。 「アダムは全部で930年生きた。 こうして彼は死んだ」。 昔の人は大きく、長生きしてたからすごい腕前だったに違いない。 ピラミッド、星座、農業、謎のもの、人間の文化の土台を作り上げてくれた古代人に舌を巻くばかり。 ノアが造った箱舟はサッカー場よりも長い! 1884年、「エツリア号」が完成した時まで、ノアの箱舟は歴史上一番大きな船だった。

「人の悪が増大し・・・」「人を造ったことを悔やみ、心を痛められた」。 神様は本当に万能者だったら後悔できる? 「私が創造した人を地の面から消し去ろう。 人をはじめ、家畜やはうもの、空の鳥に至るまで」と考えていた神様は大洪水を全世界に送り、その正しい人、ノアと家族の者皆で8人と箱舟に乗っていた生き物しか救わなかった。 聖書の最後までこのテーマが展開されている→神様はあらゆる手段を通して人間を救おうとしてるけど(自分のひとり息子イエス・キリストが死んでもいいほど!)、ほとんどの人は悪の道から離れず、命の道を選ぼうとしない。

さっき、「蛇は悪魔」って言ったけど、その証拠を黙示録(聖書の最後の方)の12章で確かめましょう。 悪(竜)と善(女)の戦いが描かれている。 女は男の子(イエス)を産んだ。 「この子は鉄の杖をもって、すべての国々の民を牧するはずである。 その子は神のみもと、その御座に引き上げられた」。 創世記3章の15,16節参照。 また黙示録12:7、8に天国での戦争の様子を覗ける。 肝心なところは9節→「この巨大な竜、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれて、全世界を惑わす、あの古い蛇は投げ落とされた。 彼は地上に投げ落とされ、彼の使いどもも彼とともに投げ落とされた」。 世の支配権を持ってた人間が惑わされ、罪を犯した事でその支配権を悪魔に渡した。 あの蛇がこの世の君主になってしまった。

「兄弟たちは、子羊(イエス・キリスト)の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼(悪魔)に打ち勝った。 彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった」。 「地と海とには、わざわいが来る。 悪魔が自分の時の短いことを知り、激しく怒って、そこに下ったからである」。 悪魔と戦うなら、子羊の血と自分のあかしの言葉という武器を持って、「死んでもいい」と覚悟しておくなら必ず勝つ。 「竜は女に対して激しく怒り、女の子孫の残りの者、すなわち、神の戒めを守り、イエスのあかしを保っている者たちと戦おうとして出て行った」。 こうして創世記3章15節の預言が成就する。 悪魔はイエスのかかとにかみついていたけど、イエスは十字架で勝利を得て、世の終わりに悪魔の頭を踏み砕いて、悪を撲滅する。 砕けてくれる者、その小羊イエス・キリストのことを次のレッスンでもっと詳しく調べましょう!

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