レッスン1
天地創造


祈ってから創世記1章から11章まで読んで下さい(新改訳1〜15ページ)。 このレッスンで1章と2章だけを詳しく勉強しよう。

第一日 ・ 世の始まり

「初めに、神が天と地を創造した」。 この事実はすべての知識の基です。 進化論を信じる人は「何十億年前に自然に大爆発(ビッグバン)があって、宇宙ができた」と言ってるけど、それは学説の一つにすぎない事実はあまり知られていない。 米国で行われた最近の調査によると、「ビッグバン説は正しい」と答えた科学者は60%にとどまった。 この2、3年間で、無秩序「カオス」論が浮上してきて、信者を集めている。 人間が古代からいろんな事を考えて、すべてのもの(特に地球)の誕生の話を作ってきた。 太陽、神々の戦い、像、龍、亀、蛇、火、水、巨大な女性、等々によって地球が生まれたと冗談めいた説が信用されてた時代や国があった。 つまり、時代の文化や考え方に沿って、いろんな理論が出回った。

今もそう。 ファッションみたいに流行り廃りが激しい。 それと対象的に、聖書に載ってる事は不朽の真実です。 それにしても、どうして人間はすべての物の起源を知りたがるんだろう?

神様の言葉だけで光が創られた! 第三のレッスンでこの言葉とは何なのかを、詳しく調べる。 この言葉が前もってあった物を利用して、色々創り出したわけじゃない。 ただ神様の言葉だけで、その通りに全てが現れた。

天地を創る過程で、神様は毎日自分が創った物を見て、「よし」とした。 今、自然界を見たら、全部が「よし」とは言い難いですよね。 汚染、戦争、混乱、死、これは進化じゃなく、著しく退化してきているようだ。 熱力学の第二の法則に、「どんな物理系でもエネルギーは自然には増えない。 エネルギーを変換すると利用できる量は変わらないか減るかのどちらかである」と書いてある。 簡単に言えば、全量のエネルギーは減る一方ということ! すべての物は一様化、崩壊しつつある。 今の世にまだ「良い」と言える物があれば、それは最初完璧に創られたおかげだ。

環境と人の行動がひどくなってきてるらしいけど、対称的に最近、人の寿命が延びたり、体が大きくなってきているのも事実で、不思議なことですね。 でも創世記5章を読めば、現代人の寿命は古代人の10分の1にすぎない事が分かる。 やっぱり人間にとっても、熱力学の第二の法則はやっかいなもの。

そして、最初の日ができあがった。 時計がなかったから、光と闇が時間の境目を計る役割を果たした。 一日は夕で始まり、朝で終わった。 第四のレッスンにこれは大事なポイントになる。


第二日 ・ 空が創られる

「大空よ。 水の間にあれ。 水と水との間に区別があるように」と神様が言ったら、その通りにできた。 ちょっと待て? 空の上に水? 何だったか具体的に誰も立証できないが、創世記の7章の大洪水の話にこういう水が地に落ち(降り?)、一番高い山でも飲まれてしまったと書かれている。

この上の水で彗星ができたかも知れないし、とにかく、上に水があって、地球全体は温室のようだった。 その結果、気圧は今のより高いし、酸素含有率ももっと高かったと考えられる。 これを前提にして、コンピュータモデルを作った科学者が「こんな環境の下で人間が走ろうとしたら、何時間も時速90`で走れるでしょう」と発表した。 これも学説で、定かでないけど、昔の世と今の世はだいぶ違うらしい。 @今の世の環境を基準にして、昔の世を測ろうとする学者のやりかたは正しいと思う?


第三日 ・ 神様の大活躍、地と海とあらゆる植物を創る

また、言葉だけですごいわざを見せてくれた。 「天の下の水は一所に集まれ。 かわいた所が現れよ」と言った。 これで乾いた所が「地」となって、水が集まった所は「海」となった。 地はどのように出来たか、人間はまだ誕生してないから誰も見てない。 でも地球儀を見たら、別々になった大陸は昔一つだったんじゃないかと思っている人は少なくない。 仮説はともかく、今ではほとんど何も生えない南極でさえ、大きな木の化石と温かい所でしか生育できない動物の化石が次々と発掘されていることなどから、最初は気温が穏やかで、地形が緩やかだった事がうかがえる。

第一日に水はあったが、地と分けられるまで「海」という名前が付けられていなかった。 海岸に行ったら「なぜ海の波はここまでしか寄せてこないか」と考えた事がない? 太平洋を超える時、何時間も(船の場合は何週間も!)海ばかり。 海と空。 そして突然、陸がまた現れる。 河川はいつも流れてるのに海がいっぱいにならないのはなぜ? もちろん科学者による科学的な説明があるけど、どう見てもなんらかの計画に従って動いてるように思う。 その海岸で時計を見付けたら「あっ、何億年を経て、進化して、ここに時計が現れた」と思ってる人はいないだろう。 でもその時計の性能をはるかに超えてる海と空と陸(もちろん見付けた人間も!)はただ自然界の「時間を掛けた偶然だ」と見なされてるのはおかしい。 ものがあればデザイナーがいるはず。 そのデザイナーは神様だ。 神様の偉大さにただひざまづいて、ほめたたえるしかない (^-^)。

この日はまだ終わっていない! この日にまた大事な物を創ってくれた。 植物だ。 「地は植物、種を生じる草、種類にしたがって、その中に種のある実を結ぶ果樹を地の上に芽生えさせよ」と神様の言葉はまた働き出した。 「種類にしたがって」と言ったのが興味を引くところですよね。 梅の木が杉の木に成りうる? カボチャの種からおいしいトマトを取るのを期待して、何兆回種を植えても無理だ。 人間が品種改良や接ぎ木とか色々工夫してきたのに、やっぱり種は種類に従って実る(遺伝子組み換えは違うらしいけど)。 進化論が正しいと思う人は証拠がないのに、大昔に植物が一種類しかなく、進化してきた末、周りに見える数々の物ができたと信じている。 もしそれは本当だったら、化石にその経過が見られるだろうし、現在でも過度中のものがあちこちいるはずだけど、見当たらないよね。 自然界では親は自分と同じ種類の子孫しか残さない。 当たり前でしょう? でも進化論の教えで当たり前な事が軽視され、時間をたっぷりかければ、ひょうたんから桃が出る!(その逆か?)
           
種には不思議な力がある。 一グラムにもならない小さな種でも、条件が揃えば、すごく大きな杉の木とかに成長する。 形と機能が全然違う幹、葉、根がどうやって小さい種からできるだろう? なぜ幹が空の方に伸びるに対して根が地面の下を潜るのかな? ある木は毎年、季節に従って、葉っぱを出して落とすのを繰り返すが、隣の木は一年中緑のまま。 いったいどうやって土と空気と日差しと水できれいなバラが見る者の目を楽しませ、鮮やかな赤、黄色などの花を咲かせるだろう・・・ A人間は五(六?)感で情報を処理する。 同じ証拠を基にして、どうしてある人は進化論を信じ、ある人は天地創造を、他の人は自分なりの説を作って信じるのでしょう?


第四日 ・ 光る物の誕生

「光る物は天の大空にあって、昼と夜とを区別せよ。 しるしのため、季節のため、年のために、役立て。 天の大空で光る物となり、地上を照らせ」との命令通りに太陽、月、と数々の星が現れた。 自分が創った無知の物体に向かって「これはおまえの役割だ」と言ってた神様はすごい!

第一日目に光が創られたが、四日目まで天に物体はなかった。 太陽は「すべての生命を養ってくれる、なかったら生き物はみな滅亡する」と信じる人は少なくない。 世界史に神様として太陽を拝む民族がよく登場する。 (今はあまり礼拝対象となってないが「日の丸」は昔から日本のシンボル)。 でも太陽が創られるに植物がいたから、一概に太陽の光がなくてはならない物とは言えない。

さて、天体は「しるし」の役割を果たしている? 大きな声でYES! 聖書の中に神様が太陽などを通してしるしを与えたという話は何回も載っている。 昔から日食、月食、彗星、流れ星、太陽と月の面の色とかを伺って、未来を占ったりしてきた。 科学が全部解説しようとしてる現在でも、占星術で自分の未来を見ようとする人が多い。 「季節のため」はほとんどの光る物を見たらわかる。 太陽の角度でわかる。 星の位置でわかる。 月の見た目ででもわかる。 古代人が数多く残した遺跡の中で、時間を計る建物とかが立派で、現在人の知識を超えてるほど正確で大きい。 夏至と冬至を測ったり、黄道帯の軌道を計算したりするため力を入れた。 現代でも、一番正確な時計、原子時計はシリウスという星に合わせている。

潮は月の引力に左右される。 この月がただ10%もっと近かったら、大陸は飲み込まれる。 月面に何十億年の宇宙から積もってきたチリがあると思われ、アポロのロケットの脚に広い皿みたいなものが付けられていた。 でも実際足で月面を踏んだら、数千年で積める深さのチリしかなかった。 いつか、最初に月面に着陸した本物のアポロを見る機会があったら、脚を見て、この話を思い出して欲しい:)


第五日 ・ 空と海の生き物の誕生

「水は生物の群れが群がるようになれ。 また鳥は地の上、天の大空を飛べ」。 これで一斉に鯨から微生物までができた。 これらのものは植物との共通点を持ち、種類に従って創られた。 その種類の多さに息を飲む。 甲殻類、魚、哺乳類など、海は実に生き物の宝庫と言える。 貝だけで種類が10万以上ある! 毎年新しい種類が発見され、増えている。 海は月面ほど細かく調べられてないからこの数は更に増えるに違いない。 生物の中で一番多く化石を残したのは、やっぱり貝だ。 化石の八割以上が貝。 それは貝があまり移動できないから、大洪水の時に逃げられなかったと考えられる。 標高3,500メートルのヒマラヤ山脈でもたくさんの貝の化石が見付かっている。

鳥が最初から飛べるものだった。 トカゲなんかの進化と言われてるけど、どうやってうろこが羽になった? 鳥の骨は爬虫類のものと全然違うし。 どうやって渡り鳥や、生まれた場所に戻る鮭とかが何千`離れても目的地に着くと思う? 有名ななぞ「どちが先?卵か鳥?」の答えはここにある! 神様が完成したものに「生めよ。 ふえよ」と命じた。 そして、ほとんどの生物が自分と同じ種類のものの近くに居て、群がるのを好む理由もここで解明されている。

いつも「よし」としか言ってなかった神様が、初めて、創ったものを祝福した。 具体的に「祝福」はどんな形を取ったか人間は誰もわからないけど、植物より優れたものにされた、と考えたらいいでしょう。 死がまだなかったから、よその生き物を殺して食べる事はなかった。 すべての生き物が植物の実と葉っぱを食べて、仲良し暮らしていた。


第六日 ・ 動物と人間の誕生

「地は、その種類にしたがって、生き物、家畜や、はうもの、その種類にしたがって野の獣を生ぜよ」という言葉通り、三つの種類のものができた。 生物学の教科書によく馬の進化のなりゆきの絵が載っている。 普通は小さいものから現在の大きいものの順で描いてるけど、この説に問題がいくつかある。 まず、化石がこの順番に積み重ねてる場所はどこにもない。 それに、今でも高さ43aしか成長しない馬もいるし、馬車を引っ張る1,000`を超える馬もいる。 両方が同時に生きてるからどっちの方がもっと進化してきたか、何を基準にして決めたらいいかな? 神様が馬という種類を創った。 そして、その種類に従って、置かれた環境の変化によって大きくなったり、小さくなったりすることがあるけど、「」である事は変わらない。 人の手で繁殖させると、馬と牛の間に子を産めるかも知れないけど、その子は子を産めない。 自然に放って置くと馬は馬を求め、牛は牛を求める。 最初から種類が違うものだから。 B化石の中で、現在に生きているものと同じ種類のものが発掘され、しかも昔のものの方が大きくて優れてるように見える場合、進化論を信じる人はどう説明するでしょう?

はうもの→昆虫や爬虫類はあまり進化してないと言われている。 化石になったゴキブリを見て進化論の信者が「何億年間進化していない」と言う。 天地創造を信じる人が同じ化石をみて「ほぼ六千年前に創られたものが言われた通り、種類に従って子孫を残している」と言う。 家畜と違って、野の獣は人の仕事の助け手として創られたものじゃなかった。 カンガルー、ライオン、キツネ、モグラ、それに見た目が人間に似てる猿。 飼い慣らすなら人に付いて行くケースがあるとしても、普通は人間と離れて生活する。 カンガルーはオーストラリア、キリンはアフリカ、像はアフリカとアジア(昔の巨大像マストドンが丸ごとシベリアの永久凍土から大量発掘されたケースもある!)などで生活して、自分に合う環境を求める。

まだ登場してないものが、一つ残っている。 神様に似てるもの→人間です。 「われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。 そして彼らに、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配させよう」と神様が言った。 (「われわれ」と言ったので一人以上はいるはず。 レッスン3にこれが大事だと分かる)。 でも、言っただけで現れたものじゃなくて、「土地のチリで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。 そして、人は、生きものとなった」2章7節。 神様は直接に、特別に、人を創った。 「人間はただ動物の一種」という考えを防ぐためにそういう風に創ってくれたのでしょう。 猿と人間、どちが先?→猿だった。 何時間の差で。 猿と人間、一緒? いいえ、違います。 「地を従えよ」と1章28節で命じられたものはどっち?

神の形に創られたのは人間だけ。 被造物の中に、神様がかしらと定めたものは、皆、同じ先祖とほぼ同じ遺伝を持ってる→人間です。 死がまだなかったから人と動物は肉を食べなかった。 面白い事に、動物と人間に与えられた食べ物は違う。 神様が「見よ。 私は、全地の上にあって、種を持つすべての草と、種を持って実を結ぶすべての木をあなたがたに与えた。 それがあなたがたの食物となる。 また、地のすべての獣、空のすべての鳥、地をはうすべてのもので、いのちの息のあるもののために、食物として、すべての緑の草を与える」と告げた。 最初の人間は菜食主義者・・・じゃなかった! 野菜も食べなかった。 穀類(米とか)、フルーツ、ナッツなどが人間の食べ物だった。 他の地上の生き物、鳥、虫、動物などに葉っぱを食べ物として与えられた。 それぞれに一番ふさわしい食べ物が与えられているのは、神様は自分が創ったものの生態に一番詳しいからではないでしょうか? 信じ難いかも知れないけど、象の何倍の大きさもする恐竜はベジタリアンだった、という証拠は次々と発見されている。 寿命の長さで有名な象、亀、オウムは完全に近い→ベジタリアン。 米国のカリフォルニア州で行われた調査によると、ある菜食主義者の男性のグループの寿命が普通の男性より7年長い事がわかった。 C食事と考え方と感情とどんな関係があると思う?

先程読んだところに、「あなたがた」という言い方をしたのに気付いたかな? それは神様が男性と女性をも創ったからこう言った。 2章5節からは、今までの続きでもなく、また全く別の話というわけでもない。 同じ話を違う側面から見ている。 ここに人間(特に女性)が創られた経緯とエデンの園の様子をより詳しく描写している。 男性(アダム)の最初の仕事は生き物に名前をつける事だった。 そのうちアダムは「皆、ペアでやってくる。 僕に似てるもうひとりは?」と心の中で相手を求めていたかも知れない。 それも神様の計画でしょう。 そこで神様があばら骨を取って、女性を創った。 骨が足から取られたら亭主関白で、頭から取られたら尻に敷かれるという意味をするだろうけど、胸の辺りから取られ、すなわち、同等で心に近いものを意味する。 二人の創り方は違うけど、「二人は一体となるのである」と男は喜んで女をいただいた。 二人ともX染色を持つけど、性別を決めるY染色は男にしかないらしい。 いわゆる相互依存です。 そして皆、自分の家系をさかのぼれば、この二人にたどり着く。 輸血の際、献血した人の人種を聞かないで、血液型が一致すればOKです。 ということは、皆、親戚だ! まぁ、ト〜イ親戚の場合はあるけど(^-^)。 同じ家族だ。 今度嫌なやつを見たら、この事実を考えてみたら?!


第七日 ・ 聖なる休日

「神はその第七日目を祝福し、この日を聖であるとされた。 それは、その日に、神がなさっていたすべての創造のわざを休まれたからである」。 第4のレッスンにもっと詳しく触れるけど、この日を休んだものは神様だけじゃない。 神様の息が吹き込まれてる人間も、この日を休んで、今でも休まなければならない。 時間を大きく区切ったら→日、週、月、年がある。 さて、クイズ! 先に並べた四つの期間のうち、天体の動きで簡単に計れないものはどれしょうか。 日と月は簡単すぎる。 年は星と太陽の位置で計れる。 しかし、一週間を決める物体がないらしい。 フランスとロシアの革命の時、週を廃止または延ばすか試みたけど、計画が失敗に終わった。 神様に創られた人間は、生理的に7日間のうち、一日を休む必要があるみたい。

その休むべき日は具体的に・・・いつ? 話はちょっと第一日目に戻る。 「夕があり、朝があった」。 「夕」は光が見えなくなる頃から初まる。 すなわち、「日没」の時で初まる。 光が現れたら、もう朝となる。 だから一日は夜で初まって、昼で終わる。 カレンダーを見たら、聖なる日は今の金曜日の日没から土曜日の日没まで続く。 7日間のうちただひとつの日を祝福して「聖である」と定めた神の目的は不透明だけど、第4、5のレッスンにこのわざの重要さ、素晴らしいさが自分のものになる。 創造主(神様)はそう願って望んでいるに違いない。 全部創って、「良し」とした神様は悪い物をも創ったかな? その答えは次、「罪の始まり」のレッスンに!

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第2のレッスン「罪の始まり」を読みたい!
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