神様の言葉の伝達方法


全能なる神様がどうやって造ったもの、人間、に自分の意思を伝える事ができますか。 自然界や幻を通して伝える方法もあるし、聖霊で直接人の心に触れる事もできるが、人間と同じく、ことばを通して伝える事が一番よく使われている方法ではないでしょうか。 このことばを分析してみると、二つのグループに分けられます。 それは口から出て耳に入ることば、と手から出て目に入ることばです。

造りたての人間、アダムとエバに神様が直接話しました(創1:28、2:16)。 「面と向かって」とはっきり書いてないが、神様本人が園で歩いて話したと書いてあるので(創3:10、SP2p.208)普通に人が会話するように話したでしょう。 善と悪を知る前に神様と彼らとの間に隔たりがなかったから面と向かって話しができました。 しかし、罪を犯してからこの特権はすぐさま無くなります。 「主なる神は人に呼びかけて言った、『あなたはどこにいるのか』。 彼(アダム)は答えた、『園の中であなたの歩まれる音を聞き、私は裸だったので、恐れて身を隠したのです』」。 人間が神様に接すると苦しくなるので神様と面と向かって話す事ができません。 でも聖書に例外は二人います。

ヤコブは直接主と格闘して、「私は顔と顔をあわせて神を見たが、なお生きている」(創32:24〜30)。 そしてたぶん神様が面と向かって話した一番有名な人間、モーセ、の例があります。 「人がその友と語るように、主はモーセと顔を合わせて語られた」(出33:11)。 面白い事に、この二人の経験は世の終わりに神様の民が経験する事を教えています。 「皆、一人残らず、熱心に懇願して、ヤコブのように救助のために苦労していた」(1858年の大闘争p.209)。 モーセは、「イエスの第二回の現れに死から復活される人たちの代表者」であります(同p.46)。

面と向かって神様と話した人はこの二人しかないが、実際神様のことばを耳にした人が何百人もいます。 こういう人を「預言者」と言います。 肉体的に神様と離れても、幻や夢を通して神様と話したりする事ができます。 これも神様が選んだ特別な人に限ります。 昔、神様がよく自分の意思を伝えるために預言者を引き起こしました。 エノク、ノア、アブラハム、エリヤ、ギデオン、サムエル、ダビデ、イザヤ、ダニエル、などがいます。 新約の時代にバプテスマのヨハネ、イエス・キリスト本人、弟子たち、パウロなどがいます。 現代では二人にその任務が拒められてから神様はエレン・ホワイト(ハルモン)を選びました。

彼らの共通点の一つは聞いた事や見た事を忠実に伝える事でした。 「預言は決して人間の意志から出たものではなく、人々が聖霊に感じ、神によって語ったものだからです」(ペテロ第二1:21)。 この「聖霊に感じる」という表現は英語で" Inspire "と言います。 これはもちろん「聖霊に感じる」という意味があるけど、逐語的に訳すと「吹き込まれる」という意味もあります。 だからいくら素晴らしい話しをしたり、本を書いたりしても、聖霊から言葉が吹き込まれなかったら、そのことばは直接神様から来たものと言えません。 エレン・ホワイトに次いでSDAの教会に貢献した人→主人のジェムズ・ホワイトについて、エレン・ホワイトはこう書いています、「彼の判断は絶対誤りのないものと考えた事がないし、彼のことばは吹き込まれた(聖霊に感じた)と思った事がない・・・」(教会のための証し13番p.58)。

ジェムズ・ホワイトという素晴らしい人物でさえ直接神様のことばを受けてないなら、私たち平ら者はなおさらで、神様のことばに触れるチャンスに絶望するしかないですか。 いいえ、神様にはちゃんと自分の意思を私たちに伝える方法があります。 それは預言者の手(ペン)を通して、私たちの目に入る方法です。 このことばがまとまれて、「聖書」と「預言の霊の本」に書いてあります。 これはたまたまではありません。 神様が人間を愛しているので、救われるためこれが必要と思って与えてくれました。 聖書が理解され、実行されたら預言の霊の本が必要なかっただろうし、同じように旧約聖書が理解され、実行されたら、新約の必要はなかったではないですか。 もっとさかのぼったら、アダムとエバが罪を犯さなかったら聖書そのものは必要なかったでしょう!

私たちが救われるには書物を調べて、受け入れなければなりません。 「誰にどうやって与えられたか」という質問を答えるのに本を書く必要があるかも知れないが、簡単に言うと、モーセの時代まで口伝えられ、モーセの時代から(申27:3)イエスの時代までイスラエル人によって羊の皮の巻物として書かれ、そしてイエスが天国に戻ってからヨハネの黙示録が書かれたおおよそ60年の間にあちこち点在していたクリスチャンたちのためにイエスの弟子やパウロ、ルカ、ユダによって丈夫な紙で書かれました。 だいたい1750年後、神様が17才の少女を選んで、見た事や聞いた事を羽根ペンと普通の紙で書かせ、再臨運動に加わっている人たちに与えました。 そして現在神様のことばは活字やコンピュータで全世界に広まっています。

上の伝達方法のリストは人間が書いたものばかりなんですが、神様が直接書いたものがあったですよね。 自分の指で石に書いたもの→十戒です。 ダニエル2章の像のように、神様のことばを受けた物質は高貴なものからだんだん劣っていきます。 神様が使った石から革、パピルス(丈夫な)紙、普通な紙、そして世の終わりには一瞬に消えられる電子文字が使われています。 最初の人間が今の人間よりずっと大きく、20倍の生命力があったように(教会のための証し22p.15)神様のことばが丈夫なものからもろいものに書き記されてきました。 でもその反面、一つしかなかった石板から無数の電子文字が世界中に飛び交っています。

これを見ると察するところの一つは、神様は人間を諦めていません。 世代ごとに弱くなる人間に、より細かく自分の意思を教えてくれます。 誰も惑わされる運命にはありません。 神様の意思を知りたいなら、殆どどこの国でも聖書や預言の霊の本が手に入れます。 そして大きな叫びの時にたくさんの人が聖霊に感じ、真理を大胆に伝えます(ヨエル2:28、大闘争34章)。

本書はただ学者向きに書かれたつもりではありません。 サタンの天使たちはもうすぐペテロやパウロなどが地球に戻ったふりをして、自分が実際書いたものは現在の聖書に書いてあるものと違う、と主張します。 聖書のことばは直接神様から来たと信じない人は惑わされるでしょう。 だから今のうちに神様のことばに精通していきましょう!

次回、聖書や預言の霊の本の訳しかたや扱いかたについて勉強したいと思います (^−^)
ダニエル・ウインターズ 2002・8・25

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