神様の言葉の信頼性


クリスチャンになる切っ掛けは十人十色ですよね。 両親はそうだから自分もうそう、人生に詰まって最終的に神頼みにしたとか、大きな事件があった時自分の力を超える何かを求めたなどの話しをよく耳にします。 切っ掛けは色々あっても、共通点があります。 それは信じる心が働くと同時に、何らかの形で神様のことばに触れたからです。 そして人生が終わるまでこの信仰と神様のことばの結び付きはクリスチャンにとって不可欠です。

自分の信仰の土台である神様のことばを本当に信頼できるのか、考えた事がありますか。 神様のことばを通して神様が働いて、自分の人生が変わった経験が神様のことばの力や偉大さを物語っています。 でも麻原さんの信者でさえ自分のリーダーのことばの力で人生が変わったと言っています。 正と偽を見分ける方法があるでしょうか。 それは一人しかできないです。 もちろんその一人は神様です。

神様の存在を五感で確かめようとしてもできません。 科学的には立証できません。 信じるかどうか、皆それぞれ自由です。 この人生では信じる人にも、信じない人にも、同じような事が起こるし、同じ結末・死・が待ち受けています。 でも本当に信じる者は「神様に支えられている」と口を揃うし、悪の道から善の道に人生が180°変わった人もたくさんいます。

「ものごとが聖であるか、悪であるか、聖な所に居る聖である者しか正しく見分けられないなら、我々人間は運が良ければ救われるし、だめだったらお仕舞じゃないか。」 いや、救いが懸かってる問題だから神様は自分のことばを書かせ、本にまとめ、そしてそれを理解できるように神様の一員である聖霊を送ってくれます。

その上、もう一員の神様である「神の息子」という名前を持つイエス・キリストをも送ってくれました。 「それは御子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」ヨハネ3:16。 出ました、聖書。 神様のことばについて話しをすると、すぐ「聖書」を口にします。 実は、現代の人間にとって神様のことば=聖書です。 そして聖書=神様のことば。 神様のことばを知りたいなら聖書を勉強するしかないし、聖書を勉強するなら、それは神様(人間ではなく)のことばその物である事を常に頭に入れておく必要があります。

神様、何でもできる神様が本を通して人を救おうとしています。 「こうしたらたくさんの人を救えると違うか」とか、「この本が手に入れない人と文字が読めない人はどうなるの?」と考える人がいます。 僕には答えがありません。 ただ前者は神様に任せ、後者は精一杯頑張って広めたり口で教えたり、解消してあげたいと思います。

聖書以外に「神様のことば」と言える本がありますか。 「預言者」と言われる人がかなり居るけど、「神様のことば」と言えるほど絶対性のあるものを言ってるかどうか、基準である聖書と合わせなければなりません。 そして聖書と合ってるなら受け入れる事にして、違う事を言ってるなら「偽者」と決めるべきではないでしょうか。 でも内容が聖書に反しなくても、良い事を言っても、それは直接神様から来たかどうか、聖霊の導きが必要です。 知ってる限り、紀元100年くらいから21世紀まで預言者は一人しかいません! だからどれほど神様のことばが貴重なのか、ちょっと理解できます。

聖書を信頼できるかどうか、五感では分からないと先習ったけど、神様が奇跡か何かを起こして自分の存在を立証する事ができます。 でも普通はわざとそんな事をしません。 目で見て、手で触るものなら五感に頼って、信仰の心が成長しないからではないでしょうか。 神様のやりかたに対して自分の言ってる事を裏付けるために偽預言者たちはよく奇跡を起こします。 これは大きな試練です。 目の前にあるものに従うか、ある本に書いてある事に従うか、信仰が試される時が来ます。

聖書は神様のことばかどうか、聖書を引用して立証しようとしたら論法に反する事になります。 科学的に立証できないので、受け入れるか拒否するかそれぞれの信仰で判断する方法しかありません。 だから下記の聖句を信じる人を励ませると同時に、信じない人が考えさせられるため引用します。 「信仰がなくては、神に喜ばれる事はできない。 なぜなら、神に来る者は、神のいます事と、ご自身を求める者に報いて下さる事とを、必ず信じるはずだからである」ヘブル人への手紙11:6。

神様なんか居ないと思う人にとって「神様のことば」という話しはバカバカしいでしょう。 漠然的に神様が居ると思っても人間との関わりがないと思う人は同じ。 神様が居て、神様を求める者は報われると信じる人だけが神様のことばの信頼性を見出す事ができ、自分の物とします。 「私は福音を恥としない。 それは、ユダヤ人をはじめ、ギリシヤ人にも、すべて信じる者に、救を得させる神の力である。 神の義は、その福音の中に啓示され、信仰に始まり信仰に至らせる。 これは、『信仰による義人は生きる』と書いてあるとおりである」ローマ人への手紙1:16,17。

神様と神様のことばを信じ、神様を喜ばせ、救いを得ましょう!
(^−^)
ダニエル・ウインターズ 2002・08・16

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